歴史シンポ in Biviふじえだの報告

今川義元公 生誕500年企画 

「今川氏の城郭と合戦」が大盛会!

令和の新時代を迎えた今年は、伊勢宗瑞(北条早雲)没後500年、今川義元生誕500年という、静岡県に所縁のある戦国大名に関する記念すべき年となっています。当会も7月の定期総会を経て、望月保宏新会長を中心とした新時代がスタート。最初の事業として9月15日、今川義元公生誕五百年企画として歴史シンポジウム「今川氏の城郭と合戦」を藤枝市の静岡産業大学藤枝駅前キャンパスBiViキャンで開催しました。  

小和田哲男名誉顧問の基調講演をはじめ、会員4人が従来の定説に挑む研究発表を披露。前藤枝市長で元静岡放送キャスターの松野輝洋さんをコーディネーターに迎え、「縄張りから捉える今川氏の戦い」をテーマにした討論会を繰り広げました。定員を上回る約130人の来場者の中には著名な研究者も多数みられ、本会の研究に対する関心の高さが窺えました。小和田名誉顧問は「~駿府今川館の実像は~駿府城の発掘成果から」をテーマに講演。寿桂尼の遺言や伝承で、幻の今川館が駿府城の下に眠っていると推定される中で昭和57年、城内の発掘調査で館の遺構が発見された感動を振り返り、出土品の永楽通宝や陶磁器、金細工について解説しました。太閤検地の時代に駿河、遠江、三河の3国で70万石に満たない石高の今川氏が、桶狭間合戦で2万5000人ともいわれる兵力を動員できた背景には、商人を優遇した政策、東海道や太平洋の海運、安倍川や大井川の上流で行っていた金の産出で培った経済力があったことを説明しました。現在、発掘調査が行われている駿府城天守閣については、家康大御所時代の天守台の外れから、中村一氏時代の天守台の一部と約330点の金箔瓦が発見された成果を紹介しました。「一氏は家康が築いたばかりの五カ国時代の駿府城にそのまま入った」という従来の定説に対し、「家康の城を壊して自分の城を築いた」という説を提唱。「大御所時代の城の下に中村時代の城、その下に五カ国時代の城、その下に今川館の痕跡が見つかるのでは」と可能性を示しました。  

 水野茂名誉会長は「永享の乱と謎の狩野氏城郭」をテーマに発表。沼舘愛三氏が戦前に立てた「慈悲尾背後の山城が安倍城」とする定説を検証しました。平成8年に静岡古城研究会で発見した大篠山城(静岡市葵区蕨野・柿島)について、南麓の玉川地区に狩野姓が多く、武田氏に仕えた狩野弥次郎の存在から、「永享の内乱期に狩野氏が拠った奥城で、前身は南北朝期の安倍城だった」と考察。山自体の峻険な要害性に依拠している点が南朝系の城郭に酷似している点も指摘しました。一方、従来の安倍城については、狩野氏の領地外に位置していると強調。建穂寺城および徳願寺城と3城を並立させた運用が考えられ、東海道を幹線にして西側から入る糧道構造と広大な駐屯地が一致しており、将軍足利義教の命で導入された斯波氏が入ったとする考えを示しました。大篠山城の現地調査で体調を崩した後に心臓手術を受けたエピソードも紹介し、「まさに命懸けの調査となった。広域な安倍山には狩野氏の巨大山城がこの他にも眠っているはず。後に続く研究者に調査を託したい」と期待を寄せました。  

望月会長は「義忠・氏親の遠江侵攻と城郭」をテーマに、遠江の奪還を目指す今川義忠・氏親の親子2代の4次にわたる40年間の戦いを、勝間田城、横地城、高藤城、松葉城、三岳城といった関連城郭の遺構と関連させて概観しました。いずれの城も、16世紀後半に徳川氏や武田氏による改修もしくは後世の開発行為を受けており、当時の城郭遺構として明確に峻別できるものはないと説明。これらの城は今川氏が攻めた城であり、今川氏側の城郭の実態については不明な点が多い現状を確認しました。史料によれば、氏親は寺院などを陣所にしたことがあり、今後の史料の精査、寺院跡や土豪屋敷の発掘調査の蓄積などにより実態の解明を期待。「三河や北遠、駿河東部などの事例と比較検討しながら同時期の今川氏の城館について研究を進めていきたい」と意気込みを話しました。  

平井登副会長は、「『花蔵の乱』城郭から見る真相」をテーマに、玄広恵探がどのような経路で追い込まれて自害したのかを検証。小和田名誉顧問らが書籍などで示した「義元派は方上城を落とした後に二手に分かれ、葉梨城と遍照光寺城を攻めた」という定説に一石を投じて乱の実像に迫りました。平成19年に葉梨城周辺を悉皆調査して発見した桂島陣場、遠見番所、村良支塁、入野支塁および義元派の岡部氏と朝比奈氏の拠点城郭、一次資料に登場する恵探派の方上城、葉梨城を基に義元派の侵攻ルートを確認。桂島陣場は遠見番所と二つの支塁と連携性があり、岡部氏の朝日山城や朝比奈氏の朝比奈城を後詰めと捉えた場合、義元派の布陣は朝比奈城の出城である上の山城も取り込んだ南北7㌔にわたる範囲になるという。鶴翼の陣形に配置した城砦群から恵探派の城を同時に攻撃。恵探は唯一の尾根伝いに敗走せざるを得なかったと考察。「恵探の抹殺でしか乱が収まらないと睨んだ義元派の周到な戦術と戦法を桂島陣場の遺構が物語っている」とまとめました。  

川村晃弘副会長は「河東一乱と城郭」をテーマに、今川氏と後北条氏が富士郡や駿東郡で壮絶な戦いを繰り広げたという定説を検証しました。戦いの意義については「後に武田氏を交えて再び同盟を結んでおり、今川氏は三河へ、後北条氏は関東への侵攻が遅れ、両氏にとって必要のない争いだった」と分析しました。この戦いで今川義元が最初に入ったとされる善得寺城については、確かな史料に記載がなく、地形が城跡とは考えられない―などの問題点を挙げ、善得寺そのものに布陣したと考え、「城は存在せず、近くの城山を砦として防御した」と推定しました。両氏は侵攻した先で国衆や敵対勢力に対する多くの城砦を構え、調略を行ったが、富士郡や駿東郡ではそのような動きが確認できないことも合わせて指摘しました。その上で「大名間の都合が前面に出ており、決戦を指向しない外交や交渉が中心で激しい戦いはなかった。互いに正面に敵を抱え、背中で殴り合いをしていた感じになる」と考察しました。  

討論会ではパネリスト5人の講演や発表を振り返るとともに、今川系城郭の特徴について話し合いました。遺構が風化や改修によって不明瞭であり、山城はシンプルな連郭式、平地の居館は方形が基本になっている―といった意見が挙げられ、小和田名誉顧問は「今川系城郭には北条系の障子堀、武田系の丸馬出といった指標はなく、特徴がないのが特徴。今川氏の城と合戦に理解を深める有意義な一日になりました」と締めくくりました。 (文責:金剌信行)

歴史シンポジウム in BiViふじえだ

今川義元公生誕500年企画

今川氏の城郭と合戦

  • 日 時:令和元年9月15日 (日)  午前9時40分開場・受付 ・10時開会    
  • 会 場:BiViキャン(静岡産業大学駅前キャンパス)            藤枝市前島1丁目7-10  TEL:054-639-7164
  • 交 通:<電 車> JR藤枝駅・南口より徒歩で1分              <駐車場> 有料立体大駐車場が利用できます。
  • 参加費・資料代:2,000円
  • 定 員:100名
  • 申込み: 本サイトからの受け付けは定員になったため終了しました!

令和元年度主要事業計画

9月15日(日)今川義元公生誕500年企画
歴史シンポジウム in BiViふじえだ『今川氏の城郭と合戦』
〇基調講演:小和田哲男氏(静岡大学名誉教授)
「駿府今川館の実像は~駿府城の発掘成果から~」
〇研究発表(会員):水野茂・望月保宏・平井登・川村晃弘
〇討論会:縄張から捉える今川氏の戦い
コーディネーター・松野輝洋氏と5氏によるパネルディスカッション

11月17日(日)第267回見学会
「北遠の国人領主・天野氏の城と縄張り」

見学先:犬居城・樽山城
担当理事:平井登・望月徹
参加費:5,000円

令和2年1月19日(日)第268回見学会
「下田城、深根城と周辺の城砦」

見学先:下田城・深根城 他
担当理事:望月保宏・宮川茂美
参加費:6,000円

3月15日(日)第269回見学会
「設楽町名倉の城砦群」

見学先:寺脇城・清水城・鍬塚城 他
担当理事:川村晃弘・齋藤作行・澤田孝治
参加費:6,000円

4月18日(土)・19日(日)第270回見学会〈一泊二日〉
「湖北・若狭の城」

見学先:玄蕃尾城・国吉城・後瀬山城 他
担当理事:望月保宏・松永澄尚・金刺信行
参加費:24,000円

★実施月の初旬に「Webのろし」で詳細をご案内しますので、参加希望の方はその時、お申し込みください。

令和元年度「定期総会」と「ふじのくに山城セミナー」のご案内

「令和元年度定期総会」と「ふじのくに山城セミナー」のご案内をいたします。

今回の総会においては任期満了に伴う役員の改選などが議題に含まれます。また山城セミナーでは、本会の水野茂会長が30年にわたる本会での活動を振り返りつつ、自身のこれまでの城郭研究の総括とも言うべき講演をされます。続く会員3名の研究成果も本県東部、中部、西部それぞれのフィールドにおけるとても興味深い内容の発表を予定しておりますので、どうぞご期待の上、ご参加くださいますようお願いいたします。

  • 日  時:令和元年7月21日 (日)  9時30分から受付・9時45分開会
  • 会  場:静岡市東部勤労者福祉センター「清水テルサ」6階 研修室(大)
    静岡市清水区島崎町223 TEL. 054-355-3111
  • 交 通:<電車> JR清水駅・東口より徒歩で約5分
    <駐車場> 清水テルサの有料立体大駐車場が利用できます。
  • 申込み:  参加申込みはこちら
  • 締切日:7月16日(火)
  • 昼 食:各自ご持参ください。(同会館8階にレストランあります)
  • 徴 収:年会費(5,000円・会員の方)
    〇ふじのくに山城セミナー資料代(1,000円)
  • 頒 布:機関誌『古城』第63号は、当日受付にて頒布します。

《定期総会の議事内容》(9:45〜 10:45)

前年度事業報告・同決算報告・監査報告・役員改選(案)
本年度事業計画(案)・同予算(案)等について

《ふじのくに山城セミナー》
非会員の参加も大歓迎!(資料代1,000円)

1部・記念講演(10:45〜 12:15)
講師:水野 茂(静岡古城研究会)
演題:「山城発見の歴史的胎動を探る 」

 昼食(室内で食事可)・休憩 ・書籍販売
機関誌『古城』『見学会資料』などのバックナンバーはじめ、城郭関係の古書・古本等を販売します。

2部・会員の研究成果発表(13:30 〜 16:20)
⒈(13 : 30 ~ 14 : 20) 望月保宏 「総合調査から見直す韮山城」
⒉(14 : 30 ~ 15 : 20) 乘松 稔 「家康の北遠奥山侵攻と陣城」
⒊(15 : 30 ~ 16 : 20) 平井 登 「戦乱に揺れた伊久美郷の村びと」

◎閉会あいさつ

第266回見学会(一泊二日)の報告

4月20日(土)・21日(日)、当会の平成30年度の最後の見学会となる1泊見学会が、茨城県南部にあたる常陸南部~下総北部地域の城を目的地に行われました。今回は小田原北条氏の支配領域の東端にあたり、常陸北部~中部に勢力を拡大しつつあった佐竹氏との抗争の舞台となり、また各勢力に翻弄された国衆たちの城跡を訪ね、それぞれの城郭の縄張りの特徴について考察する見学会でした。参加者は20名+現地合流2名の総勢22名で行われました。

木原城にて集合写真

1日目の行程 7:30静岡駅をバスにて茨城県(常陸)に向けて出発。

【守谷城】

1城目は茨城県守谷市本町の「守谷城」を見学。守谷城は、下総千葉氏の一族・相馬氏の拠点、戦国期は古河公方家臣として、上杉(長尾)氏や後北条氏の傘下として活動。現在は、「守谷城址公園」になっていますが、城跡ゾーンには空堀で区画された後北条系の大きな曲輪が3つが有り、土塁、虎口、土橋など残る。また、公園内の水辺ゾーンはかつての湿地帯に突出した城郭の様子がうかがえました。見学後昼食をとり次の目的地へバスにて移動。

【牛久城】

2城目は牛久市城内町の「牛久城」を見学。牛久城は小田氏の一族の岡見氏の城で在ったが、戦国期は後北条氏の最前線の境目の城として在番衆が置かれた。此方も巨大な空堀を有し、堀底には畝状の凹凸が見える。かつては牛久沼に隣接する半島状の台地に築かれた総構のある巨大な城郭で、江戸時代は山口氏の牛久陣屋として一部は明治期まで存続しました。

【塙城】

3城目は、阿見町塙の「塙城」を見学。低地にあったと思われる館跡の小字「たて」をはさみ、本城・南城(南東側)と北の廓・北城(北西側)の一城別廓の形式。北城の横矢掛りを各所に配置した二重の堀は圧巻で見学者の歓声が上がっていました。

【木原城】

4城目は、三浦村木原の「木原城」を見学。木原城は土岐氏に従属した近藤氏の城。戦国末期には後北条氏の領域で、対佐竹氏の常陸戦線の最北端に位置した。現在詰曲輪(曲輪1)は「木原城山公園」となっており、詰曲輪の展望台からは霞ケ浦越しに対岸の佐竹氏の領内が見渡せる。詰曲輪内の花壇のチューリップが満開でしたので、此方で集合の記念写真を撮影。なお、稲荷曲輪~曲輪2間の横堀は1日目に見学した城郭の中で最大の空掘でした。

1日目の見学会を終え水戸市のホテルに到着、市内の居酒屋で美味しい料理と美味しい地酒を飲みながら懇親会。各テーブルでお城談義が行われました。

宿泊したホテルは水戸城に近く、早起きされた方達は、2日目の見学会出発前に水戸城の見学に行かれていました。

2日目の行程 8:15出発

【小幡城】

5城目は、茨城町小幡の「小幡城」を見学。後北条氏の築城方法と異なる巨大な堀と土塁が複雑に連なる技巧的な遺構がほぼ完全な状態で残る今回の見学会最大の見どころでした。深く幅広の堀底道を迷路のように巡らせ、主郭を中心に周囲を固めるように配置された曲輪、武者隠し、櫓跡、横矢掛りの土塁の折など、さまざまな工夫がみられ参加者は見事な縄張に感嘆して見学されていました。

【小田城】

6城目は、つくば市小田の「小田城」に到着後、昼食をとり「小田城跡歴史広場」として復元整備された城内と、説明と展示物が充実しているガイダンス施設を見学。小田城は、八田氏(のちの小田氏)の方形居館から出発し南北朝期より拡大強化を重ね、戦国期には21.7ヘクタールに及ぶ馬出や畝掘のある巨大な平城へ進化を遂げた。戦国期は小田氏治の居城で、佐竹氏、後北条氏、上杉(長尾)氏の争奪の舞台となった。

逆井城

7城目は、坂東市逆井の「逆井城(飯沼城)」を見学。「逆井城跡公園」として発掘調査を元に復元整備された二層櫓、土塀、櫓門、井楼矢倉等があり、戦国期の城郭の風景を感じる事が出来ました。また、比高二重土塁(堀の内側と外側に土塁が有り、内側の土塁を高くすることにより堀内の高低差を稼ぐ)等、後北条氏の築城法の特徴を見る事が出来ました。

以上、今回は2日間春霞がかかる天候でしたが、暑くも無く寒くもない過ごしやすい気候でした。静岡近辺のお城とは設計思想の異なる平野部に作られた、巨大な空堀と巨大な曲輪を有する土造りの城郭遺構群を見学しました。 参加者して頂いた皆様にも好評で、常陸のお城見学会の第2段を希望する声も聞こえ十分満足して頂けたと思います。また、来年度の1泊見学会も是非お楽しみにして下さい。!!(文:松永澄尚)